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2011年7月 5日 (火)

【続定量的品質予測のススメ】定量的管理とは何をすることなのか

P36の「表1 組織の定量化のレベルと企業文化」において、定量化のレベル3のプロジェクトマネージャの定量化に対する意識として「数値目標の達成だけに注力している」というのが、未熟な意識として書かれている。

これは非常に微妙な記述ではないだろうか。
PMは現実主義であるべきで、このようなスタンスでいることが本当に未熟と言ってよいかためらわれる。

再考の定量化の最高レベル4では、PMの意識は「プロジェクトの実績を測定し、データを提供するのは当然であると考えている」「分析結果をプロジェクトの改善に役立てようと努力している」と定められている。
逆にこのような意識がPMの定量化に対する最高の意識というのは引っ掛かりを覚える。

「プロジェクトの実績を測定し、データを提供するのは当然であると考えている」というのは、現実主義者であるべきPMがこれほど盲目的に「当然であると考えて」いてよいのであろうか。

また、「分析結果をプロジェクトの改善に役立てようと努力している」という努力が無に終わることはないのだろうか。

定量的管理に「これとこれを実施すればソフトウェアの品質は必ず担保される」というものがあれば、上記2つを言い切っても構わない。
しかしそのようなものはない。

「数値目標の達成だけに注力している」のは、その数値目標を達成すれば良い品質を得られると信じているからだと思うが、それを否定するということはどういうことなのだろうか。
数値目標の達成よりも重要な事項があるのであれば、数値など測らずに、その重要な事項を行えばよいのではないだろうか。

「プロジェクトの実績を測定し、データを提供するのは当然であると考えている」のも、何もわからずに盲目的にデータを提供するという姿勢であるのであれば全く褒められたものではないと考えられないか。

工業製品で、例えば18センチ四方の折り紙を作成というようなものであれば、常に計測して異常値の傾向を掴むことは重要で、その場合は、「プロジェクトの実績を測定し、データを提供するのは当然であると考えている」「分析結果をプロジェクトの改善に役立てようと努力している」というのは全くその通りで推奨できよう。

しかし、それが本当にソフトウェア開発に当てはめて良いのであろうか。

先の折り紙であれば、作成後の折り紙を計測し「各辺が17.9センチから18.1センチなら合格」と定めれば、その検査を行うことで折り紙の品質は必ず担保される。
しかし一方、ソフトウェア開発には、「これとこれを実施すればソフトウェアの品質は必ず担保される」というものはない。

「プロジェクトの実績を測定し、データを提供するのは当然であると考えている」「分析結果をプロジェクトの改善に役立てようと努力している」という前向き姿勢だけでは未熟な意識ではないだろうか。

定量化に対し、批判的な視点にも立つ意識が必要であると思う。
実は、先の「・・・改善に役立てようと努力している」という表現にその意識が微妙に表されているとみえないこともないが、明示的ではない点で良くないと考える。

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