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2009年9月

2009年9月29日 (火)

【ソフトウェア開発定量化再考②】とりとめもなく・・・

あなたの組織の過去データは高精度で当てになりますか。

勿論、開発ツールや方法論の進化で開発の管理精度は上がってきているので、先進的な組織では可能かもしれない。

しかし、現時点における大多数の開発組織では、そんな高度な管理ができる基盤になっていないのではないのではなかろうか。

開発品質の向上についてコンサルに相談して、すぐに定量化をすすめてきたら、「全く泳げない人に泳ぎを教えるのにタイム測るところから入るというのですか?」と切り返して反応を見てほしい。

定量化の方法が分からずにコンサルに相談しているのならば別ですが、通常はそれ以前の状態だからコンサルに相談するケースが多い。

単純割り算の欠陥密度で品質を「管理」をするのは、かなりハイレベルなスキルが要求されると思われる。
できないとは敢えて言わない。ただし、これから定量的管理を始めるという方々には絶対すすめられない。

だからといって、指標を増やせばよいというものでもない。
単純割り算の指標を100種類集めたからといって、手間が増えこそすれ大した益はなかろう。

とにかく集めろどんどん集めろというのは、違うと考える。

しつこいが、泳ぎを知らない者にタイム計測から入っても仕方がない。
ましてや、それ加えて手を何回掻いたかとか、息継ぎ何回したかを測ることは何の益もない。

まず泳法を学ぶこと先にありきでいくべき。

しかし、ならば標準化を徹底しろと言っているのかというと、個人的には微妙に違うと考える。
ある程度の標準化は必要だとは思うが・・・。
現時点では私には「ある程度」を説明できるほど頭が整理できていないのでうまく説明はできないが・・・、
水泳の選手は、もはやどのように手足を動かし息継ぎをしということを頭では考えていないであろう。そして、基本の上に自分の体の特長や体調に応じて応用を自然に利かせて泳いでいるのではないか。そのような臨機応変さを許容する様な「型」となるような標準化であればよいが、逸脱を一切許さない「型」だと逆効果であろう。

とりとめもなく書いたため話がぴょんぴょん飛んでしまいましたが、ある意味今まで書いてきたことの総まとめの内容のような気もするのでこのまま公開します。

2009年9月25日 (金)

【ソフトウェア開発定量化再考①】大掴みで定量化を再考

定量化において重要なことは、定性的な視点による前提・仮定であると考えるのであるが…。
定量化の前提や仮定自体を定量的に定めることはできるのであろうか。

このエントリーを読んでいただいた方々、済みません。いきなりこの書き出しでは何のことか分からないと思いますが、結局、定量化とは何なのだろうと改めて考える必要はどの組織にもあるのではないか。

定量的管理というと定性的管理より凄いことしているように響くし、多分世の中ではそういうことになっていると思うのですが、実際は逆だとは考えられないだろうか。

つまり、ちゃんとした定量管理をするということは、想像力を最大限働かせて前提・仮定を決めなければならず、それには、定性的に過去の状態等を「感じる」ことが必要であると考えるのである。
となると、これは即ち定性的な管理の範囲ではないかと。

あるプロジェクトで発見された全バグ数をそのプロジェクトで開発された全FP数で割って欠陥密度測っていますと言える方たちは、定量的管理は定性的管理より優れていると真顔で言える人だと思う。

別にそれが悪いわけではない、ただ、定量的データはその前提・仮定に応じた使い方が必要だというだけである。
先の単純な欠陥密度の考え方でいえば、これで5%10%の精度の評価をするのはどうかと個人的には考える。

欠陥密度が4.56であるが、基準値は4.60なので、後0.04分だけバグを探せと言うことに意味はあるのであろうか(あえて算出式や単位は書かないですが)。

こういうことを言うと「ではどの程度なら良いのか」と言わるのですが、数字を眺めていても答えは出ない。
確かに統計的に計算すれば数字だけから色々分かるでしょう。しかしばらつきの原因がどこにあるか等を考えずに数字だけ見ていては分からないことの方が多いのではないだろうか。

そもそも、仮に同じ開発案件を複数回実施したとしたら、同じ欠陥密度になると信じられるか。

同じわけないではないか人と組織は学習するのだから段々改善していくよ、という人も中にはいよう。
しかしそのようなことを言っていたら、そもそも過去のデータに基いた定性的管理の前提が崩れてしまう。

先の欠陥密度の例では、大体これくらいバグが出てくるね・・・程度の使い方しかできないのではないか。
個人的には、これで「管理」と呼べるような活動をするのは無理だと思う。

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