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2009年6月

2009年6月19日 (金)

SEPG Asia-Pacific 2009

SEIによる「SEPG Asia-Pacific 2009」が2009年9月16日から18日にかけて開催されます。

Asia-Pacificとしてのカンファレンスとしては今回が最初のようです。

大阪開催であるので日程があえば参加するのも良いでしょう。
英語ですが・・・。

http://www.sei.cmu.edu/sepgap/2009/

2009年6月 9日 (火)

【ソフトウェア生産性の定量的管理とは③】LOCで測る生産性

「ソフトウェア品質工学の尺度とモデル」(Stephen H. Kan 著 古山恒夫・富野壽 監訳 2004, 共立出版株式会社) P75には、生産性の研究におけるLOCの使用は問題が深刻として、次のように記述されている。

「ソフトウェアの生産性に関してLOCを用いることは、飛行機のスピードと能力を測るために飛行機の重量を用いるようなものである」
「LOCは生産性においては非常にミスリーディングで、Jonesは『複数言語にかかわる全ライフサイクルアクティビティの生産性研究におけるLOCの使用は、職業的不当行為とすら見なされる』と述べている(Jonesの資料 1986,1992,1994,1997,2000参照)」(ここでJonesとはCaper Jonesのこと)

そんなことはない、生産性をLOCで評価することは意義がある…という方もいるであろうし、ある特定の条件の下では、成り立つ可能性はあるだろう。

しかし、
「ソフトウェアの生産性に関してLOCを用いることは、飛行機のスピードと能力を測るために飛行機の重量を用いるようなものである」
というたとえは、LOCで生産性を測ることの問題を上手く言いえており、「ソフトウェアは、飛行機とは違うからスピード・能力と重量は強い相関がある」と示すことは困難であろう。

2009年6月 5日 (金)

【ソフトウェア生産性の定量的管理とは②】ソフトウェアの生産性定量化で何を把握したいのか

他にないから仕方がない…。
「製造量/工数」といった、大量生産される工業製品の生産性指標を、1つとして同じではないソフトウェアの生産性評価に適用する際に言われることである。

次善の策というわけであるが、本当に次善たりうるのだろうか。

そもそも、ソフトウェアの生産性とは何であろうか、生産性を定量化することで何を把握したいのだろうか。

人月の弊害が叫ばれて久しい
といえば、
そうは言っても人月は簡単に比較的精度高く測れるよ
と返ってくる。

SLOCのメトリクスのベースに使うことの違和感もあちこちで言われている
といえば、
しかしSLOCはツールで確実に測れるではないか。
と返される。

だから、生産性は、
   SLOC/投入人月
で測るしかない…と言って良いのか。

生産性の定量化。
そもそもこれで何をしたいのであろうか。

2009年6月 2日 (火)

【ソフトウェア生産性の定量的管理とは①】たとえ話~ソフトウェアと肖像画の生産性

ソフトウェアの生産性はどのように定量化されるべきか。
そもそも、ソフトウェア開発における生産性とは何なのか。

未だ決定打と呼べる答えは無いし、現在一般に行われているソフトウェア開発のプロセスや手法を使う範囲では、「客観的に正しい生産性計測方法」というものは構築できないと思われる。

それは、肖像画家の生産性にたとえられよう。
肖像画家は、毎回異なる顧客に対し、同じ画材・同じ技術で肖像画を描く。
この肖像画の客観的値付けはできるであろうか。
また、それに基づく生産性の向上はできるのであろうか。

値付けには、絵の大きさ、かけた時間、そして出来栄えが加味されるのかもしれない。
その内、かけた時間、出来栄えは個々の画家の技量による面が強いだろう。

肖像を残すだけなら写真もある。
写真家に撮影してもらうと、これも写真家により値段が変わる。
撮影技術により値がことなるという理由からである。
出来栄えは個々の画家の技量による面が強いだろうが、かけた時間はあまり変わらないだろう。

そして誰でも撮影できるスピード証明写真やデジカメ撮影プリンタ印刷という方法もある。
これは、誰にでも出来て値付けも成果物量に完全に一致した均一料金である。
撮影してその場で写真を入手できる。
出来栄え、かけた時間ともにあまり変わらないだろう。

肖像画、写真家による写真、スピード写真・デジカメ写真。

この中で、生産性を論じることが出来るのは、スピード写真・デジカメ写真だけであろう。
出来栄え・かけた時間が個々の撮影であまり変わらないので再現性が期待できるからである。
これは、撮影者の技術のバラツキに製造されるモノの品質や生産性があまり依存しないということである。
カメラという撮影用ツールの進歩があったからこれが可能になったといえよう。

さて、ソフトウェア開発はどうであろうか。
プログラミング用ツールは、
   プログラマの技術のバラツキに製造されるモノの品質生産性があまり依存しない
という域に達しているだろうか。
プログラマの生産性の差は10倍あるという伝説は今は昔のことなのだろうか。

以上は、あくまでたとえ話であり、
   ソフトウェアは、肖像画・肖像写真ではないから、たとえること自体ナンセンス
という一言で一蹴することができる。

しかし、ならば「製造量/工数」といった、大量生産される工業製品の生産性指標を、1つとして同じではないソフトウェアの生産性評価に何の疑問もなく適用することに疑問を感じてよいのではないだろうか。

   ソフトウェアは、肖像画・肖像写真ではないから、たとえること自体ナンセンス
と言うならば、
   1つとして同じではないソフトウェアは、大量生産される工業製品ではないから、たとえること自体ナンセンス
と言い返されることに対する答えを用意しておくべきであろう。

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